JUGEMテーマ:日記・一般
山奥に隠遁の地を求めた僧イヴァン・リルスキ。十世紀には、小さな寺院だった。
僧院文化や歴史、世相に洗われ、大火をも忍んだ現在の姿に彼は何を思うだろうか?
ソフィアへ戻る小型マイクロバスを待つ束の間の日溜り。ほんのりと春に雪を残した
リラ山と余りに美しくコントラストを見せる僧院の佇まい。フレスコ画の際立つ色は
なごりの雪の白さや針葉樹のグリーン、僧侶の黒服と不思議にも調和を見せていた。
雪解けの匂いを含むまだ冷たい春風が山を吹き降ろして来る。釣人は山の気を吸い
ながら微かなフラッシュバックを覚えた。僧イヴァン・リルスキが探し求めたもの?
釣人は一対のライフワーク竿「あづき」と「くろ豆」を思った。制作竿日誌は、まだ
一向に書き進んではいない。釣人は、日溜りに仲良く蹲る二匹の犬を見詰めていた。
この村で育った幼馴染みだろうか?いつもつれあう二匹だろう。そんな竿にしたい。
昼食に戴いたごく当たり前の焼鱒が美味しかった。この山の空気と冷たい水を含んだ
味がした。釣人は僧イヴァン・リルスキが探し求めていたものを微かに感じていた。
たとえ国や宗教が違っていても、自然や運命の中に人が求めるもの、釣人が竿に求め
始めたもの、なぜか日溜りの中で、昔読んだ五木寛之著「青春の門/筑豊篇 下」の
塙竜五郎の言葉が浮かんで来た。僧イヴァン・リルスキはどんな感想を持つだろう?
「わしはな ー 」 竜五郎は、煙草を出すと、ゆっくりと口にくわえて、
「この年になってそげなことを言うのも妙な話だが、わしは人間の幸せとは
一体どげなもんかということに、ようやく気づいたごとある気がするよ」
..... 独り言のように何かぶつぶつつぶやいていた。
「それでな、わしはこう思ったんじゃ」 信介は目をあげて竜五郎を眺めた。
竜五郎の視線は信介の頭の上を通りこして、はるかな冬の空のかなたへ
注がれているようだった。
「落着いた、平和な心で、自分のまわりをみつめる。毎日、朝起きたら、
今日ももう一日生きることができるんじゃなあ、と感謝の気持ちで
おてんとう様をおがむ。そして三度々々の飯を噛みしめて食い、
人を恨んだり、金を欲しがったりせんで、夜になったら昔のことや、
子供の頃のことを思い出しながらぐっすりやすむ。いいか、信介。
人間の幸福とはそれだけばい。そのほかに何がある。うん、もうひとつあったな。
それはお互いに優し果気持ちで一緒に暮らせるつれあいじゃ。
人間はひとりよりも二人のほうがいい。お互いに身をよせあって、
ぽつんぽつんと喋ったりしながら、ひっそりと生きて行く。
まあ、そのために人間はあくせく働くとじゃなかろうか。
わしは今、えらく幸せな感じがするんだよ」
「あんたも年取ったなあ」 と、信介は言った。
「年、か。うん、そうじゃ。塙竜五郎も、いよいよ本物の人間らしい人間に
なった ということさ」 / 講談社文庫 五木寛之著「青春の門]」 筑豊篇 下
この旅を終えたら、またもう一歩、ライフワークの対竿と取り組んでいけそうだ。
春の光を心地良く浴びる犬たちから、何かを教えられた。「イコン」の力を頂く。