釣人は少年と左岸を歩いた。夏休みの大学、閉められた扉に「波紋」が犇めいていた。
幾重にも次々と輪を描き、微かな揺れが水面に波を作る。魚達の夕食が始まった様だ。
カディス(Caddis:水生昆虫、毛翅目トビケラの釣人仲間の呼び名)の羽化が始まると水面は騒がしくなる。カゲロウの静かな羽化や音無しの流下とは一味違う、カディスの機敏な動きに誘発されるからだ。夏夜の鱒の夕食状態だ。気泡を孕(はら)み、脱皮後、水鳥の滑走如きに流れを岸へ目指すカディス。押さえ込む様に、追い駆ける様に、野生鱒が空腹を満たす。それは、静まり返った学校に鳴り響くチャイムの様に、突然、水中から水表へと現れて来る。「その時を知らせる鍵は何だろう?」釣人は、少年に質問した。「川底の温度かな?日中の気温かな? ... 」。魚達の食事時間、「夕まずめ」はやがて夏と共に「朝まずめ」へ移行する。此処ら辺に、重要ヒントが隠されていそうだよ!少年は、気温と水温計を注意深く見詰めた。